一人の幸せを願う心
バリアフリーについて、様々な角度からみてきましたが、結論としては、すべて隣の人への思いやり、気配りが前提にあってはじめて成り立つものと言う風に言えると想います。社会制度や福祉制度は毎年のように見直され、その都度改善されてきました。サポート団体も数多く連立しました。そして様々な場所で、啓蒙運動や講演が行われています。国連で初めてバリアフリーが正式なものとして認可されてから、はや20年はたとうとしています。にも関わらず、西欧諸国と比べ、日本の遅れはひどすぎるような気がします。なぜ日本では、こうもバリアフリー化が遅々として進まないのでしょうか。ひとつには、制度ばかりが先行してしまい、人の気持ちがついていっていない現実があるのではないでしょうか。昨今、発達障害児童が急増している事が、メディアでさかんに取り上げられています。弱者を締め出すような学校制度からは、本当の意味での「心のバリアフリー」は育っていきません。それはけっして難しいことではありません。一人ひとりが小さなマナーを守る、これだけでいいのです。歩道に自転車を放置しない、点字ブロックの上に荷物をおかない、全盲の人が、駅ホームの端ぎりぎりを歩いていたら、安全圏まで誘導してあげる、孤立している人に、声をかける、笑顔であいさつをする、など、自分に出来ることから少しずつでも、一人ひとりが実行していったら、町はもっともっと楽しく住みやすいものになるはずです。キリスト教の聖書に「正しい一人が幸せになれば、街は喜ぶ」という言葉があります。まさにその言葉そのままです。少数派の人たちの意見が生きる街つくり、一人の幸せを願う心、これこそがほんとうのバリアフリーと言えるのではないでしょうか。
